【tdr1831】「タワー・オブ・テラー」関連年表

設定と物語が濃い、ディズニーシーの人気アトラクション「タワー・オブ・テラー」

失踪したハイタワー三世を中心に繰り広げられる物語の設定は実に細かく、一度見聞きしただけでは覚えられないほど。

ということで、今回はタワー・オブ・テラーに関係する人物と事柄を年表にひとまとめしました。

1835年:ハリソン・ハイタワー三世誕生
1837年:コーネリアス・エンディコット三世誕生
1847年:寄宿制の学校スノッディングトン校でハイタワー三世がエンディコット三世に酷いイタズラをする
1867年:イギリス軍にアーチボルト・スメルディングが入隊
1868年:ハイタワー三世も同行したアビシニア遠征時にサー・ロバート・ネイピア将軍率いるイギリス軍からアーチボルト・スメルディング伍長が脱走
1875年:ハイタワー三世へ、アジア探検旅行へ
1879年:ハイタワー三世、ルーマニア・ヨーロッパ探検旅行へ
1880年:ハイタワー三世、東アフリカ探検旅行へ
1881年:ハイタワー三世、イースター島・オセアニア探検旅行へ
1882年:ハイタワー三世、ギリシャ・地中海探検、ローマ・地中海探検旅行へ
1882年4月15日:ベアトリス・ローズ・エンディコット誕生
1883年:ハイタワー三世、メソアメリカ探検旅行へ
1884年:ハイタワー三世、インド探検旅行へ
1887年:ハイタワー三世、王家の谷、エジプト探検旅行へ
1888年:ハイタワー三世、再びアジア探検旅行へ
1892年:ハイタワー三世、北海遠征へ
1892年1月23日:ホテルハイタワーオープン
1897年2月2日:マンフレッド・ストラングがエンディコット邸へ。14歳のベアトリスと初めて会う
1899年:スメルディングが瞑想の庭園でベアトリス(17歳)の絵を描く
1899年:ハイタワー三世、アフリカ探検旅行へ。シリキ・ウトゥンドゥを強奪する
1899年12月31日:ホテルハイタワーで帰還パーティーが開かれる
1900年1月1日:ハイタワー三世が失踪
1908年10月21日:公園でスケッチしているベアトリスとアーチーが出会う
1911年4月15日:ベアトリス、誕生日にエンディコット三世へ、アーチー発案のホテルハイタワー買収計画を持ちかける
1912年5月3日:エンディコット三世がベアトリスに内緒でハイタワー買収。跡地にエンディコットグランドホテルを建設しようとするもベアトリスにバレる
1912年5月4日:家を出たベアトリス、公園で会ったアーチーの助言でニューヨーク市保存協会の設立を計画。事務所を借りる
1912年6月5日: ニューヨーク市保存協会設立
1912年8月20日:ベアトリス、ストラングに会ってツアーの計画を話す
1912年8月22日:ベアトリス、ストラングをホテルツアーへ招待する
1912年9月4日:ホテルツアー開始

いかがでしょうか。

ひとまとめにしたことでハイタワー三世とエンディコット三世の確執や、ハイタワー三世とスメルディングの出会い、ハイタワー三世の冒険の数々にホテルツアーの経緯が一目瞭然ですね。

ちなみに、1897年2月2日に書かれたベアトリスの日記には、「ハイタワー三世 真実の冒険物語と書かれたタイトルの下には、象に乗っている、ひげを生やした男の人の絵が描いてあったの。それは私が8歳のときにパレードで見たハイタワー三世その人だった!」

とあります。

彼女が8歳というと・・・1890年4月15日~1891年4月14日の間。

ただ、ハイタワー三世がパレードで象に乗っていたのはホテルハイタワー開業時なので1892年1月23日、と期間にズレがあります。

「9歳のころに見た」の間違いか、はたまた開業パレード以前にもパレードを行ったのか・・・定かではありませんが、ベアトリスがハイタワー三世に興味を抱いたのはこのころからということが解ります。

タワー・オブ・テラー関連の設定は膨大で、何が公式で何が非公式なのか・・・収拾がつかないところもあります。

また以前公開していたような公式サイトを作ってほしいところですね。

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