【tdr1829】謎多き男アーチボルト・スメルディング

ハリソン・ハイタワー三世の忠実なる執事として知られる、アーチボルト・スメルディング。

名前は聞いたことあるけど、詳しくは知らない・・・という方も多いのではないでしょうか。

そこで、今回はアーチボルト・スメルディングを徹底解剖!意外と高スペックな本性を露わにしていきたいと思います。

超忠実な執事
スメルディングがハイタワー三世に仕えた期間は32年。

ハイタワー三世は1835年生まれで、失踪したのは1900年1月1日0時ですから、33歳から64歳までのあいだ傍にいたということになります。

これだけ長い間仕えていたためか、ハイタワー三世からの信頼も厚く、彼にとって唯一の友人でもありました。

超マルチリンガル
二ヵ国語以上話せることを「バイリンガル」と言いますが、スメルディングは二ヵ国語どころか、英語やフランス語、イタリア語、スペイン語、スワヒリ語、ヒンディー語を流暢に話す「マルチリンガル」で、その上、20ヵ国語以上を問題なく理解することが出来たそうです。

そのため探検旅行で常に同行していたスメルディングは、通訳という重要な役割も担っていました。

実は切れ者の戦略家
主人であるハイタワー三世も頭脳明晰ですが、実はスメルディングもかなりの切れ者で、戦略家としての才能を兼ね備えていました。

そのため、ハイタワー三世の影の参謀としても活躍。

ホテル閉鎖後は“アーチー”としてベアトリスに接触し、ホテルの権利書を買うよう勧めたり、ニューヨーク市保存協会設立に向けて助言したりと、ベアトリスを手のひらで踊らせることに成功しており、見学ツアーの参加者を生贄にしてハイタワー三世の魂を解放しようと企んでいました。

絵画の才能もある
瞑想の庭園に飾られている女性の絵画は、当時17歳のベアトリスをモデルにスメルディングが描いたもの。

どうやら絵画の才もあり、ホテル閉鎖後に潜んでいた部屋には、彼が描いた怯えた表情のハイタワー三世のスケッチもありました。

文章の才能もある
ハイタワー三世の冒険物語を記した「ハイタワー三世 真実の冒険物語」という雑誌にて、“チェスター・ファリントン・ウールブール”というペンネームで執筆しています。

ちなみにこの雑誌はハイタワー三世の出版会社「ダブルエイチ・ピリオディカル社」から発行されていたもので、ベアトリスがハイタワー三世に夢中になったきっかけとなっています。

家系の記録は一切なし・・・!?
スメルディングの家系の記録は一切ありませんが、ハイタワー三世も同行したアビシニア遠征(1867年~1868年)で、サー・ロバート・ネイピア将軍率いるイギリス軍から脱走した同名の人物「アーチボルト・スメルディング伍長」がスメルディング本人だと言われています。

丁度ハイタワー三世に仕え出した時期とピッタリ合致していますから・・・まあ、そういうことです。

因みに家系の記録が無いのは、この脱走をきっかけに、軍人家系で脱走者を恥とした父親がスメルディングを勘当し、死亡扱いとしたため。

身寄りがなくなったスメルディングは、そのままハイタワー三世の下に仕えるようになった・・・というわけですね。

ホテル閉鎖後はホームレスになる
ホテル閉鎖後、ホームレスとなったスメルディングは、1902年に放浪罪で逮捕され施設に送られます。

しかし、その後の記録はなく・・・1908年、山高帽につぎはぎだらけのコートをきた老人“アーチー”としてベアトリスの前に登場します。

ベアトリスにはホテルハイタワーのコック助手で、ブルックリンの姉の家に厄介になっていると嘘をつきますが、このときスメルディングはホテルハイタワーの一室に潜み、ハイタワー三世を助けるために調べごとをしていました。

たかが脇役と侮ることなかれ・・・以上から解るとおり、アーチボルト・スメルディングにも物凄い設定が練り込まれているんですね。

これだけ把握しておくと、より一層アトラクションを楽しめること間違いなし!

・・・それにしてもこのスメルディングという男、恐ろしいほど有能で忠実すぎですよね。

ハイタワー三世も信頼し、手元に置くのも頷けますが・・・彼の策略にかかってシリキ・ウトゥンドゥの生贄にならないように気をつけてくださいね!

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