【tdr1727】インディ博士とマーカス教授のやり取りと時代背景
東京ディズニーシーのテーマポートの1つ「アメリカンウォーターフロント」には世界中から様々な荷物が到着する港が存在します。
停泊している船やその付近には、トランクや木箱など様々な荷物が沢山積み重ねられているのですが、これをよーく見てみると・・・あちらこちらにチラホラと“小ネタ”を見ることが出来ます。
今回はその中の一つをご紹介します。
積荷の中に白いトランクが乗せられた木箱があります。
その木箱の側面には「TO:MARCUS BRODY NORTH AMERICAN NATIONAL MUSEAM OF NATURAL HISTORY NEW YORK CITY, NY USA」と宛名と「FROM;INDIANA JONES LOST RIVER DELTA」という差出人の名が書かれています。
訳すと・・・宛名が「マーカス・ブロディ アメリカ合衆国ニューヨーク市 北アメリカ国立自然博物館」、差出人が「インディアナ・ジョーンズ ロストリバーデルタ」となっています。
そう、ロストリバーデルタにいるインディ博士からの荷物が届いているのです。
こうした博物館宛ての荷物は他にもあり、このようにインディ博士の名前が書いてあるもののほか、宛名だけが書いてあるものもあります。
また、ロストリバーデルタにあるアトラクション「インディ・ジョーンズ・アドベンチャー:クリスタルスカルの魔宮」にあるインディ博士の机上には、1932年3月14日の日付で書かれたマーカス・ブロディ教授あてにつづられた打ちかけのタイプライターもあり、二人の密な付き合いが伺えます。
さて、映画にも登場する人物で、インディ博士の親友でもあるマーカス教授の名が度々挙がってくるのは不自然ではありませんが、それにしても何故これほど名前が出てくるのか。
そのキモはもしかするとマーカス教授が活躍する年代にある、かもしれません。
荷物が届いているアメリカン・ウォーターフロントの時代は1912年前後で、差出場所であるロストリバーデルタの時代は1930年代。
設定上大きく差があるわけですが、実はこの期間は丁度マーカス・ブロディ教授が“博物館に勤めていた期間”と一致するのです。
マーカス教授が国立博物館の副館長になったのは1913年。
副館長になるまでの間はアシスタント館長を務めており、副館長となって間もなく妻を肺炎で失くした後、1939年に館長を引退するまで人生を博物館に捧げたことになっています。
つまり、彼が国立博物館に勤めていた年代とアメリカンウォーターフロント、ロストリバーデルタの時代がピッタリ合致するのです。
偶然とは思えませんから、この辺もちゃんと考慮された設定なのでしょう。
作品の時代背景を考慮し、ファンにとってもうれしい小ネタを挟む・・・こうしたこだわりが、長く人を楽しませるエンターテイメントを生み出すのでしょうね。