【tdr1365】ディズニーシーの構想は開園10年以上前に持ち上がった?

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2001年9月4日に開園し、15周年を無事に迎えた東京ディズニーシー。今では当たり前となった存在ですが、その開園には多大な時間と労力が費やされました。

実を言うと、東京ディズニーシーの計画が持ち上がったのは1988年4月15日。

東京ディズニーランドが5周年を迎えたこの日はじめて、オリエンタルランドは東京ディズニーシー計画の発表をしました。

驚くべきことに開園13年も前の話だったのです。

この「第二パーク構想」を発表したのは当時、オリエンタルランド2代目会長として就任した故・高橋政知氏。

彼は東京ディズニーランド開園のため、ディズニー社との交渉を粘り強く続けた結果、東京ディズニーランドの成功と東京ディズニーシーの実現を果たしました。

2000年1月31日、楽しみにしていたディズニーシー完成を見守ることなく、この世を去った高橋氏ですが、亡くなる三日ほど前にディズニーシーの工事状況を聞き、プロメテウス火山のでき具合に満足そうにうなずいたそうです。

ディズニーランド・シーに多大な貢献をした高橋氏。

ディズニーシーにかける想いとその功労を汲み、その開園日は高橋氏の誕生日9月4日になりました。

高橋氏の向上心があったからこそ持ち上がった「第二パーク構想」

それを実現させるために13年もの月日が掛かったと思うと、胸が熱くなりますね。

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